About MORIHICO. Vol.02
カフェ業とは別に、全国からMORIHICOオリジナルコーヒーの注文が増えてきたことで、市川は焙煎工場を持ちたいと考えていた。そんなとき、偶然見つけたのがボイラー工場の跡地である。倉庫のような建物は200坪もの広さがあり、無骨な佇まいのなかに、かつてそこで人が働き、ものづくりがなされていたことの温もりを残していた。
2011年、プランテーション(現・MORIHICO.ROASTING&COFFEE)として開業した直営3号店の醍醐味は、なんといっても焙煎の様子を見ながら香り高い一杯を楽しめること。店の入り口には直火式焙煎釜がどんと置かれ、運がよければ2階カウンター席から焙煎の一部始終を眺めることができる。間接照明に浮かび上がる巨大なマシーンは、これからはじまるエンターテインメントを見逃すな、とでもいいたげだ。
焙煎師・市川草介の手でずしりと重い麻袋が持ち込まれると、味わいの種類に応じて数種類の生豆が手早くブレンドされてゆく。レシピはすべて頭のなかだ。焙煎機に豆を投げ込むと、つきっきりで火力を調整し、豆のはぜる音に耳を近づけ、何度も焼き色を確かめる。タイミングと感覚の勝負。いよいよ釜出しの瞬間、黒い艶を帯びた豆が蒸気とともに放出されると、香ばしいアロマが空間を埋め尽くす。まさにライブ。この瞬間に居合わせた者はしあわせだろう。
「釜出しのときは今でもそわそわする。一瞬だからね」。コーヒーの世界はどこまでも深く美しい。それを多くの人と分かち合いたいという。「焙煎っていうと、バックヤードでこっそりって感じでしょ。ぼくはお客さんに近いところで豆を焼きたい。コーヒーのブラックなイメージを変えたいんだ」。市川はそういって、無邪気な表情をのぞかせた。